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蔵元だより

アメリカで本物の日本酒造りを目指す、若き蔵人

アメリカ人留学生ベン・ベルさん

2014年秋から放送されたNHK連続テレビ小説「マッサン」。ウィスキーを日本に広めるために奔走する主人公夫婦の成長物語が大きな話題になりました。実はこのドラマの放映時期に合わせるかのように、1人の若きアメリカ人男性が岩手県で酒造りの見習い修行を始めました。

 

彼の名前はベン・ベルさん。アメリカ合衆国中央部に位置するアーカンソー州から単身岩手県に渡り、およそ6ヶ月間酒蔵で日本酒造りを日々学んでいます。アメリカに酒蔵を作り、本物の日本酒を広めるという夢を持つベンさん。トレボン・マリアージュ第6回では、このベンさんに日本酒造りを学ぶきっかけと、その想いについてお話をお伺いしました。

日本酒との出会い

蔵人の修行を重ねているベン・ベルさん

アメリカ合衆国アーカンソー州は、夏は蒸し暑く、米の一大生産地として有名な地域。ベンさんの出身地である同州ホットスプリングス市は、温泉(スパ)リゾート地としても知られ、アメリカでは珍しく軟水の湧き水が組み上げられます。「アーカンソーの水の美味しさは、アメリカで一番だと思っています。」と話すベンさん。お米作りが盛んな地域柄や、お水が美味しいという環境は日本とも通じるものがあるようです。

ベンさんが初めて日本酒を口にしたのは、アメリカで飲食店に務めていた10年ほど前のこと。当初飲んだ日本酒はカリフォルニア産で、全然美味しくないお酒だったと話します。その後、バーで働くようになった7年前のある日、酒の勉強をする中で出会った1本の日本酒が、ベンさんの人生を大きく変えることになります。そのお酒は、長野県の酒造が生産している地酒だったといいます。「それまでに飲んだ日本酒とは全く別物だと感じました。」と話すベンさんは、このお酒との出会いをきっかけに日本酒に魅せられるようになりました。お店に日本酒を積極的に仕入れ、日本酒の数を増やしていたといいます。

遠い日本で日本酒造りを学ぶ

アメリカでは関税や輸送コストなど様々な要因が重なり、日本酒の値段がとにかく高いのだといいます。「一般的なワインは720mlで10〜15ドル程度で購入できますが、日本酒だと30ドル以上にもなるのです。」とベンさん。アメリカで日本酒を生産できるようになれば、多くの日本酒が出まわるようになり、ひいては手ごろな値段で購入できるようになると考え、独学で日本酒造りに挑戦し始めます。失敗を重ねるうちに日本酒造りの奥深さ、難しさを知り、日本で最高の技術を学ぶと決意を固めたといいます。

ベンさんの出身地がホットスプリングス市であることも、日本で酒造りを学ぶための大きな追い風になりました。温泉都市として知られるホットスプリングス市が、岩手県花巻市と姉妹都市提携を結んでいた縁から、南部杜氏協会へと繋がり、2014年10月より酒蔵で本格的な修行に取り組むことが決まりました。そして、ベンさんの修行を受け入れる先として要請を受けた酒蔵が南部美人だったのです。

手早く洗米の作業を行なうベンさん

「彼はとにかく真面目。熱心に質問してきますね。」と話すのは南部美人の松森杜氏。酒造りの専門用語は英訳しにくい部分があり、言語の壁は高いと感じることもあるそう。わからないことがあればメモを取り、あとで英訳して自分の知識にしているといいます。日本文化にも興味を持ち、蔵人達とそば打ち体験に参加するなど積極的にコミュニケーションを取っているといいます。

海外での日本酒造りにかける想いとは

ベンさんに大きな期待を寄せている久慈社長

「当初は、花巻市観光協会の会長から、アメリカ人の留学生を受け入れるという話を聞いていただけなんですよ。」と話すのは南部美人五代目蔵元の久慈浩介社長。2008年に日本酒の勉強を希望するアメリカ人留学生を受け入れた経験を買われ、今回ベンさんを受け入れる事になったといいます。

「2014年現在、海外でも日本酒が売れるようになってきてはいますが、もっと中間層への知名度を上げることが必要だと考えています。」と語る久慈社長。海外では日本食レストラン等で日本酒が提供されているものの、美味しい日本酒は高価格のため、一般家庭で飲むことはまだまだ少ないのだといいます。

 「現地に良い蔵が建ち、美味しいお酒が生産できるようになれば、手ごろな価格で販売ができるようになります。日本の山田錦を使い、日本の技術で海外でもお酒が造れる時代になりました。今回の受け入れは、チャンスでありアメリカにおける日本酒の未来がかかっていると言っても過言ではないと考えています。」と久慈社長は熱く語ります。

「5月以降は夏まで米作りを学び、秋からは改めて南部美人で酒造りを学んでほしいですね。酒造りの技術だけではなく、醸造機器や道具の斡旋、経営の仕方など学ぶべきことは多い。アーカンソー州に南部美人の蔵人をサポートに出し、私自身も現地で水質調査を行なうなど、蔵造りにも積極的に携わっていきたいですね。」と、ベンさんの今後の活躍に大きな期待を寄せている久慈社長でした。

久慈社長とベン・ベルさん

南部杜氏の技術が海を渡る

最後に、今回の研修の感想と今後の予定について、再びベンさんに尋ねてみました。「修行を始めて数ヶ月ですが、まだまだ学ぶことは多いと感じています。酒造りの専門用語をもっと覚えるほか、麹や醪、酒母づくりの工程も学びたいですね。」と話すベンさん。休日には、二戸から盛岡市まで足を伸ばし、日本語教師と勉強を重ねており、最近では日本文化にも興味をもっているそう。

早くアメリカで酒造りを行ないたいと語るベンさん

「いつ帰国するかはまだ決まっていませんが、2015年いっぱいは日本で勉強を続けたいと考えています。久慈社長から、5月以降は金田一営農組合で酒米作りの研修を受けるよう伝えられています。米作りの経験はほとんどありません。アメリカの広大な農場で日本のお米を育てる方法を学ぶ必要がありますね。アーカンソー州は米どころなので、生産量は期待できると思います。」と、今からアメリカでの酒造りに期待を膨らませるベンさんでした。久慈社長も「とにかく早くアメリカでお酒を造ってみたいですね。」とベンさんの成長を心待ちにしているようです。再び海を渡った蔵人が、遠くアメリカでどんな日本酒を創りだすのか。真摯に修行に取り組むベンさんを見ていると、今後を期待せずにはいられません。

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